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朝鮮半島から[万人幸福の世界作り]を目指した明治天皇

  • NEW
ISBN:
9784864716932

~近刊予告~

著者:張勝植

四六判ハード

☆2018年12月頃発売予定☆

ご予約の際はお問い合わせまでお願い致します。

通常価格(税込):
2,700
ポイント: 54 Pt
販売価格(税込):
2,700
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書籍詳細

明治天皇は日本で影武者を立て
自らは日韓併合時の朝鮮半島に渡っていた⁈
その息子張仁錫が韓国独立の知られざる中心人物⁈
直系子孫に伝えられた超高度重要機密

古庄團(ふるしょうだん)の7代にわたる使命と系譜

4代目 基元(Kye Won:大室寅之祐、明治天皇)が
昭憲皇太后と共に朝鮮半島に渡った後の直系子孫の系譜

5代目 仁錫(In Serk:息子、日本名木川国三、知られざる韓国独立時の立役者、のちに暗殺される)
6代目 永天(Yong Chon:孫、日本名木川宗一郎)
7代目 勝植(Seung Shick:ひ孫、日本名なし、日本語習得中)

基元(大室寅之祐、明治天皇)の母は、オーストリア皇帝フェルディナント1世の隠し子(子女)であり、初代と2代目によって、密かにアメリカに亡命、養育された
それと同時にヨーロッパで生まれた正烈(Jung Youl:3代目)もアメリカに亡命、その後2人が結婚し、4代目基元(大室寅之祐)が生まれる

大室寅之祐が居た田布施の山に立入禁止区域がある
田布施ではずっと以前より金を掘っていた
その後、金鉱が尽きると甲府に移りさらに秘密裏に金を産出(横浜正金銀行)
このゴールドがヨーロッパに渡りBISの基金になり
アメリカに渡ってFRBの基金となった
基金の正統な継承者は基元とその直系子孫
ロスチャイルドはこれらの基金の十数パーセントに当たる額の運用を任されている

昭憲皇后はお子様がいなかったことになっているが
実は6男2女をもうけている
そのうち内5人の男子が戦争に身を投じ亡くなっている
残ったうちの1人が仁錫であり勝植の祖父である
勝植とは田植えをして米を作ることが勝ちだよの意味
陛下とは人民の一番下で働くものの意味
勝植は1歳から5歳まで基元による英才教育を受ける
日本語は習っていないが意味の分からぬまま大量の和歌を暗記させられる
その和歌に超高度重要機密が秘められていたことが今ここで日本に来て次第に明らかになりつつある

基元は1971年4月(131歳)まで存命していた
基元の目指したのは富国産業と古庄團
古庄團とは高句麗でありエデンの園のこと
また古庄團とは縄文のことであり
争いのなかった世界に今の地球を戻す意味
世界中の王族の血統を一つにまとめた世界天皇がその事業の中心となる
計画は基元の3代前から始まり今の7代目勝植に引き継がれている
その究極の目的は、アンに始まりエンキとエンリルの戦いにまみれてきた地上の暗黒の歴史に終止符を打ち、万人幸福の世界を実現すること

これらの一連の秘密を「教旨(きょうし)」と呼ぶ
「教旨」はアメリカではコードネーム「トルーマンボックス」という名で封印されている重要機密である
だがトランプ大統領は「教旨」を知っている
プーチン・ロシア大統領にも「教旨」は伝わった模様である
韓国、北朝鮮も一部トップは「教旨」を知っている
北朝鮮には3つの油田があり、その埋蔵量は世界最大であるという

勝植氏は最も信頼の置けるのは日本人なので
日本において「教旨」を動かすと決めて、2年前に日本に来た
その「教旨」が『万人幸福の栞』(丸山敏雄、倫理研究所)として
一部がすでにこの国に知れ渡っていることを知り驚く。
日本にも勝植氏に引き継がれるべき巨額のマネーが眠っている
「教旨」のための協力者は今まだこの日本に数人である

出版社から

古庄團の初代は、日本の天皇家の中で、南北朝に分かれて以来、正当な継承者である南朝の直系の当主にあたる。
日本において、北朝の天皇が武家政権の幕府から守られてきたのとは逆に、南朝の継承者は山家として幕府の監視の目を避けながら数百年にわたり、機会をうかがい潜伏してきた。
古庄團の初代は、日本から単身、小さな船でアメリカにわたると、アメリカ大陸を徒歩で2年間かけて横断して、ボストンにたどり着く。そこで、イギリス本国議会の植民地政策に憤慨した植民地人の急進派を支援して、いわゆるボストン茶会事件(1773年12月16日)、アメリカ独立革命の象徴的事件として広く語られている事件に関係する。
さらに、初代と二代目は、アメリカからヨーロッパにわたりその活動を広く世界に展開する。
当時のヨーロッパは、ハプスブルグ家(注1)であり、神聖ローマ帝国のローマ皇帝、ハンガリー王、ボヘミア王でもあった、カール6世(1685年10月1日~1740年10月20日)の時代であった。
カール6世はハプスブルク家最後の男系男子であり、そのため長女のマリア・テレジア(1717年5月13日~1780年11月29日、ハンガリー女王、オーストリア女大公、ボヘミア女王)に婿としてロレーヌ(ロートリンゲン)公、トスカーナ大公のフランツ・シュテファン(1708年12月8日~1765年8月18日)を迎え、神聖ローマ皇帝フランツ1世として帝位を継がせた。
従ってハプスブルグ家はマリア・テレジアの代で男系が絶えており、以後はハプスブルグ=ロートリンゲン家と呼ぶのが正しく、実際、現在でもハプスブルグ家の正式名称はハプスブルグ=ロートリンゲン家となっている。
ハプスブルグ=ロートリンゲン家は、神聖ローマ皇帝のヨーゼフ2世(1741年3月13日~1790年2月20日)、レオポルト2世(1747年5月5日~1792年3月1日)を経て、神聖ローマ皇帝最後のローマ皇帝であり、最初のオーストリア皇帝であるフランツ2世(1768年2月12日~1835年3月2日)を輩出した。
そのフランツ2世と皇后マリア・テレジア(1772年6月6日~1807年4月13日)との間に生まれた長女のマリ・ルイーズ(1791年12月12日~1847年12月17日)は、フランス帝国の皇后となったことで知られる。
フランツ2世の長男でオーストリア皇帝、ハンガリー国王を引き継ぐはずのフェルディナント1世(1793年4月19日~1875年6月29日)は、健康問題から、結婚も不可能だと考えられていたが、実は、人知れず、皇太子時代に宮廷の女官との間に生まれた子女がいた。
初代と2代目は、フェルディナント1世が産ませたその子女をヨーロッパで生まれた三代目(正烈)とともに、1816年に密かにアメリカに亡命させ、アメリカで養育する。
子女と三代目(正烈)は、その後アメリカで結婚し、4代目(基元)が1840年に生まれた。

注1
オーストリア系ハプスブルグ家の祖は、同名のフェルディナント1世(1503年3月10日~1564年7月25日)である。フェルディナント1世は、神聖ローマ帝国のローマ皇帝、オーストリア大公、ボヘミア王、ハンガリー王として、オーストリア、ドイツ、ボヘミア、ハンガリーを統治した。

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