なぜ私たちは「月に行った」と信じてしまったのか。NASA内部に浸透する〈NASA-X〉という組織とは?英雄の沈黙。再現不能な技術。映画と現実の境界。
そして、今なお越えられない放射線帯。世界規模の「信じる構造」を静かに解体するノンフィクション!
NASA-Xが必要としたのは、月に行くことではない。
「月に行ったと世界が信じること」だった。
本書で語られる〈NASA-X〉とは、公式なNASAそのものではない。それは、冷戦という極限状況の中で生まれた、国家・軍事・情報機関・科学・映像技術が交差する非公式な組織である。彼らは「科学」を否定しなかった。むしろ、科学が成功したように見える物語を成立させることを最優先したのだった。
人類の大きな第一歩
ニール・アームストロングは、人類初の月面着陸者として永遠の英雄となるはずだった。しかし彼は、名声を避け、記念行事を拒み、詳細な証言を語らず、墓さえ残さなかった。それは、物語に飲み込まれた個人が自らを守るために選びうる最後の自由だったのかもしれない。
1968年、映画『2001年宇宙の旅』は、人類に「宇宙をリアルに信じさせる映像」を提示した。その翌年、アポロ11号の月面映像が、現実として世界に放送される。映像によるリアリティの訓練がすでに始まっていたのだろうか。
さらに、アポロ計画最大の技術的難関とされたヴァン・アレン帯の放射線問題は、50年以上経った現在も「克服されていない」とNASA自身が認めている。
なぜ当時は「問題なかった」とされ、今は「極めて危険」なのか。
写真は証拠だったのか。映画は補助線だったのか。放射線は本当に無視できたのか。そして何より、なぜ私たちは、それらを疑わなかったのか。
[著者]トレバー・ウィーバー(Trevor Weaver)
1943年、第二次世界大戦最盛期のヨークシャー(イングランド)で炭鉱労働者の家庭に生まれた。
土木工学の学士号とオペレーションズ・リサーチの修士号を取得。キャリアをスタートさせたのはサウサンプトン大学。コンピュータシミュレーションの研究者兼講師を務めた。
1969年にはソフトウェア会社を設立し、10年間成功裏に経営した後売却。
その後ヨーロッパに移り、欧州委員会、世界銀行、OECD、ESCAP、国連、および複数の欧州政府との契約により、プロジェクトにおけるソフトウェアマネージャーを務める。その活動範囲は中国、フィリピン、インドネシア、インド、パキスタン、バングラデシュなど世界各国にまたがり、後に東・南部アフリカにも広がった。その功績により国連外交パスポートを授与されている。
49歳で現役生活を引退。以来、経済的に安定していたため、興味を追求することができた。世界中を仕事で巡った経験を反映した美しい東洋庭園の設計と造園に情熱を注いだ。加えて、家具製作という手仕事への情熱を育み、アール・ヌーヴォー、アーツ・アンド・クラフツ、アール・デコ、グリーン&グリーン様式など過去の様式を再現している。
現在は、NASAとアポロ月面着陸に関する著作や児童書の執筆などを続けている。
[訳者] 五十嵐 友子(いがらし ともこ)
兵庫県芦屋市出身。神戸女学院大学卒業。ニューヨーク大学大学院修士課程修了。
主な訳書に『ニール・ヤング全記録』(音楽之友社)、『生物30億年の進化史』(ニュートンプレス)、『アポロは月に行ったのか?』(雷韻出版)、『イラストでわかる! ジュニア科学辞典』(成美堂出版)、『世界で一番美しい猫の図鑑』『世界で一番美しいフクロウの図鑑』(エクスナレッジ)、『てのひら博物館 古代ローマ』(東京美術)、『描いて覚える欧文書体』(ビー・エヌ・エヌ新社)など。
現在は翻訳業のかたわら、NPO法人代表理事として医療的ケア児・者と家族の支援、訪問看護ステーションの運営に携わっている。